精神科医が紐解く、「叱る」の本当の正体
まずこの本の著者ですが、養護の先生だそうです。心理学とか精神医学の知識だけではなく、実際に色んな相手と接して「叱る」とういうことを分析しています。「叱る」には色んな人間の感情が隠れています。それを理解することが、「叱る」とうまく付き合うヒントとなるのです。
日本において「叱るのはいいことである」という考え方は、古来より長らく社会に浸透してきました。しかし、昨今では「叱ることはよくないことだ」と否定する意見も現れはじめています。果たして「叱る」はそもそもどういうメカニズムなのか、何故いけないのか。精神科医の目線でその謎が紐解かれます。
そもそも「叱る」とは
叱るという言葉一つで人によって色んな見解があると思うのですが、この先生が定義する「叱る」とは、「言葉でネガティブな感情体験(恐怖や不安や苦痛)を与えることで、相手をコントロールしようとすること」です。この時、怒鳴る・冷静に言うなどの温度差は関係ありません。また、叱る側と叱られる側の落ち度や善悪も関係ありません。
そもそも、人がどうして叱るのかという話なんですが、「相手に何かをして欲しい」「相手に変わって欲しい」という時に叱ります。勿論、懇切丁寧に指導・お願いすることもできるんですが、「その方が早い!効果がある!」というのが一般論です。実際、叱った人が望んだ結果はすぐ手に入ります。「玄関では靴を揃えましょう、お母さんはあなたの将来のため言っているの」よりも「コラアァ!帰って来たら靴揃えなさい!」と怒鳴る方が一発で効果が出るんですね。
上記の例くらいならトラウマ級の凄まじい恐怖を相手に与えることは稀だと思いますが、現実では大人が大人を過剰に攻撃して鬱病に追い込むということが発生しています。ところが人間は過剰に攻撃されると偏桃体(ストレスを感じる脳の器官)が過度に活性化してしまい、適切に思考して行動することが阻害されてしまいます。例えば「これ前も言ったよね?!何回も聞かないで!」と叱る人がいたとしましょう。その場では新人に何回もものを聞かれるという時間のロスはなくなるでしょうが、今後その新人は何かあっても恐怖でなかなかものを聞きに来なくなってしまいますので、結果として仕事の効率が下がっています。
しかも人間は人を叱ると「処罰感情の充足」を得ます。早い話が、誰かに叱った時に自分の社会的地位の安泰を感じて幸福感のようなものを感じます。どの本だったか忘れてしまったのですが、心理学の実験でこの処罰感情を研究している実験がありまして、結果から言いますと人間は自分が損をしてでも相手に罰を与えようとする傾向があります。だから叱ることに味をしめるとサイクルに陥ってしまうんですね。
実は叱る側の人も心を病んでいる
先述の通り、叱る人は叱ることに幸せを覚えています。これが単に「なんかムシャクシャした気分だから弱い奴をいじめて気晴らししてやろう」とかいう話ではなく、実はもっと根深いところに問題があります。ある程度知能のある生き物ですと、単にパワー(実力)があるということだけではなく、所属集団における社会的な地位も意識します(実は人間のみならず一部の猿や鳥もそうです)。
人を叱っている人は、「自分は力を持っている、自分はこの社会集団の中で地位があるんだ」ということをアピールしたがっているわけですね。普通にめっちゃ嫌なマウント野郎ですが、逆に言うとそれほどにまで平常焦燥しており、かつ自己効力感が低いのです。
因みに、この「叱る人」というのは別に会社の嫌な上司や腹立つ取引先のことだけではありません。実は、誰しもがこの「叱る人」になるのです。ネット社会となった現在、人は「罰するべき人」を簡単に探して匿名で攻撃することが可能になりました。本来、人を処罰するのはコミュニティを守るためですが、全然自分には関係のないコミュニティにまで首を突っ込んで他者をバッシングすることがもはやエンタメと化しているのです。さらに、その「叱る人を叱る人」まででてくる有様ですから、もはや誰が正義なのか、被害者なのかすら分からなくなっています。
結局のところ…
叱る人に出くわした時、そして自分が叱る人になりそうな時。「この人はどうしてこういう行動をとるのだろう」「自分は本当は何がしたいんだろう」と冷静に分析をしてみることが大切です。因みに、分析したからといって絶対に仲良くなれるとか丸く収まるということはなく、「こいつはもうどうしようもないわ…」ということも当然あるので、それはまた別の本で対処を読んでみるというのがいいかもしれません。
こちらの本はお医者さんの目線で「叱る」が分析されていますので、様々な見方や全く知らなかった知見がたくさんありました。叱った時、叱られた時に脳で何が起きているのか、叱ることに依存してしまう脳の仕組み、トラウマチックボンディングやDVについても解説をしてくれています。そして大事なのが、叱る人向けの自分との付き合い方です(アンガーマネジメント)。
叱る人にとっては自分を見つめ直させてくれる本であり、叱られる人にとっては攻撃的なあいつがどうしてそんなことをしてくるのかを分析できる本です。
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