映画情報
邦題:ククーシュカ ラップランドの妖精
原題:Kukushka/The Cuckoo
公開年及び国:ロシア(2002年)
上映時間:104分
監督:アレクサンドル・ロゴシュキン
<キャスト>
アンニ(サーミ人の女性):アンニ・クリスティーナ・ユーソ
ヴェイッコ(フィンランド兵):ヴィッレ・ハーパサロ
イヴァン(ソビエト兵):ヴィクトル・ブィチコフ
<概要>
第二次世界大戦中、ヴェイッコとイヴァンはそれぞれ敵対するフィンランド軍、ロシア軍の兵士として戦っていた。しかしヴェイッコは仲間の私刑に遭い置き去りにされ、イヴァンは仲間の謀略により逮捕されてしまう。戦争に疲れ不運に見舞われた彼らが偶然辿り着いたのは、現地の先住民族サーミ人の女性アンニの暮らす家だった。ところがフィンランド人のヴェイッコとロシア人のイヴァン、そしてサーミ人のアンニは言葉が通じないのであった!
こんな人にはおすすめ!&おすすめしない!
<こんな人におすすめ>
・面白い設定が好き
・笑える場面がある映画が好き
・情景を楽しみたい
・恋愛だけでなく家族愛も味わいたい
・社会問題に触れる映画を観たい
<こんな人にはおすすめしない>
・アクションや戦いが観たい
・性的な表現がある映画は嫌
・主人公は完璧で強い男であって欲しい
・ベタな展開は嫌い
・スピリチュアルな展開は苦手
評価
【個人的な評価】
ストーリー
★★★★★★☆☆☆☆
画面映え
★★★★★★☆☆☆☆
ユニーク
★★★★★★☆☆☆☆
戦争に追われ偶然一処に集まった3人の言葉が通じない!というちょっとギャグな展開の面白さは勿論のこと、サーミ人の素朴な暮らしや一個人としての兵士の心情も味わうことができます。ただ、お色気シーンや女性のキャラに好き嫌いは出そうです。
【ネットでのおおよその評判】
※あまりレビュー自体が見つからず、殆どが良いという評価のものばかりでした。
・戦争というテーマの中でも笑いがある
・アンニという女性の不思議な神聖性がいい
・フィンランドの情景の美しさ
あまり有名なタイトルではないこともあり、ネットで見かけるレビューもそもそも興味があって観たという人が多かった気がします。ただ、後述しますが万人受けしないところもあるので注意。
あらすじ
第2次ソ・芬戦争(1941-1944)も終盤に差し掛かった頃、フィンランド軍の兵士ヴェイッコとソ連軍の将校イワンはそれぞれ自軍から追われ、なりゆきでサーミ人の一般人女性アンニの家に逃げ込むことになりました。
ところが三人はそれぞれ使用言語が異なるため、話が全く通じません。幸いにもヴェイッコは非戦的でしたが、仲間の悪意でソ連と敵対するドイツ軍の軍服を着せられていたことが災いしイワンに強い不信感を抱かれてしまいます。しかし、そんなイワンも戦争には疲れ果ててしまっていました。
戦争の気配のない素朴な大自然の中、言葉が通じないなりに頑張って暮らすうちに三人の間には情が芽生えましたが、そんな折、ソ連の軍用機が彼らの住まいの上を通過します…
見どころ① 言葉が通じない敵国の兵士同士だが、ドラマチックな緊張よりも人間としての必死さがメイン
言葉が通じない戦争中の敵国の兵士、というのはこの映画における宣伝文句の一つではあるんですが、実は愛国心に溢れた兵士達のギスギスした一触即発の空気を楽しむタイプのストーリーではありません。敵国の兵士同士であるフィンランドの学生ヴェイッコとソ連の大尉イワンは、各々が戦争に疲れてしまっているんです。ある程度は警戒し合いますが、始終殺し合いの雰囲気ではないというのが面白みの一つでしょう。そしてそれが逆にある種のリアリティを生んでいます。そもそも一個人というレベルで考えれば、よっぽどの愛国心や憎しみがない限り戦争や殺しが大好きなんてことはなかなかあり得ないんですよね…
また、二人の感情にも対照的なところがあるのもポイント。ヴェイッコはそもそも非戦的でフレンドリーな若い大学生です。かつ、殺されそうだったところを助かったのでテンションは爆上げ状態でした。一方、イワンは祖国に尽くした自覚のある中年男性ですが、仲間の裏切りで裁判沙汰になったためテンションはダダ下がりしているのです。同じ脱走兵ですが、その心情が全く違うわけです。
二人の状況の対象さはちょっと笑えますが、実はこれがただのラッキーであるということも事実でした。何故ならどちらかが好戦的だったら確実にどちらかは殺されているためです。戦時中というのはお互いに悪意や個人的な怨恨関係がなくとも国籍が違うというだけで人を殺すことができる、むしろそれが推奨されているというかなり特殊な状況なんですよね。
ですが、お互いに非戦的という幸運さがベースにあったとしても、言葉が通じていないのでお互いの思っていることが伝わりません。これは非常に危ない状況です。ただの「言葉の通じない相手」ではなく「非戦的だと早い段階で伝えないと殺しにくるかもしれない相手」ですからね。特にヴェイッコは必死に努力をしました。
ロシア文学の中でタイトルに平和的な単語のあるものを列挙して争うつもりはないと証明しようとするシーンがありますが、これ頭いいなと思いました。国を超えても人名って基本通じるじゃないですか。有名な作品は書物として海外に出てますからね。ちょっとしたことで命の危機に転ぶ危機的な状況なのに、役に立ちそうなのが文学の著者名なわけです。あとは、万国の軍人に通じるタバコみたいな単語とかもありまして、こういうもので友好度を示すこともできます。
因みにほぼ最後までイワンの名前は理解されないんですけれど、名前すら覚束ない状態でも彼らの世話をしてくれる恩人の女性の助けをしてあげたいという気持ちは二人とも一緒です。そこに人間という社会的な生き物の原始的な優しさを感じました。生きていくために必要な話術とか人付き合いのテクニックとかではなくて、共に一つ屋根の下で暮らすための思いやりですね。そこが共同生活としての作業に関わってくるので、二人が仲良くなっていくきっかけにもなっています。多分、アンニの家に転がり込まなかったらあそこまで仲良くはならなかったと思います。
また二人は兵士でしたが、各々の人間らしさ(心の支えとか徴兵前の生活とか)の話も出ます。「兵士」というカテゴリではなく、1人の人間としての等身大の背景が語られるわけですね。敵兵士も一個人としての人生があるという当たり前の話なんですが、そういうのって戦ってる時に意識するわけがない。言葉が通じてないんで正確なところは伝わってないと思いますが、仲間同士じゃなくて敵国同士の兵士でもそういうことを語らうほどの仲になれたわけです。一個人としての情報を自己開示するというのは人間の信頼の現れですから、相手は意味を理解してないだろうけどそのアクションを取るということ自体に意味があります。因みにアンニを取り合って恋愛沙汰とか失恋みたいな話も出てくるのですが、それもまた人間らしさの一つですね。
ただ、この人間らしさというのは良いことばかりではありません。遂に銃を撃ってしまうシーンがあるんですが、そもそも撃ちたくて撃ったわけじゃないんですよ……個人的な怨恨がなくても、恐怖や怒りが引き金を引かせてしまう。そんな悲しい一面をも見せてくれます。
見どころ② 言葉が通じないという面白さと、じゃあどうやって相手のことを判断しているのかという話。
この映画自体が登場人物の使用言語が全員違うという面白さをベースにしているんですけれど、でも共同生活をしていく上で彼らは何等かの基準をもってして相手のことを判断しているわけです。ではそれが何なのかという話なんですけれど、ずばり外見です。
外国の方に英語で話しかけられて困り身振り手振りで何とか対応した、なんて話をたまに聞きますが、実はコミュニケーションの最初の基準ってジェスチャー云々ではなくまず外見なんですよね。別に美人とかイケメンとかそういう話ではなく、もっと綿密に言うと装備品です。
話しかけて来た外国人がバックパック背負ってジーンズでスニーカーで明らか観光客だから何とか助けてあげようと思うわけで、これが全く別の姿……例えばド派手なスーツでグラサンでギラギラの腕時計して全身タトゥーとか入ってたら、まず目も合わせないじゃないですか。そういう話です。
ククーシュカにおいては序盤が特に顕著でして、まずヴェイッコは軍服でドイツ人だと思われてイワンから憎まれています。ドイツ人とフィンランド人って外見が民族的にどれくらい違うのかは自分も分からないんですけれど、少なくともロシア人のイワンは軍服でヴェイッコを判断していました。軍人なら平常から敵味方をそれで判別しているでしょうから、特にそれが絶対的な尺度だったんでしょうね。
また、化粧っ気はなく伝統的な民族衣装で素朴な暮らしをするアンニなんですが、めっちゃ男に色目を使います。びっくりするくらい色目を使います。もちろん、サーミ人の女性がそういう国民性があるとかいう失礼な話ではなくこれには事情があります(後述)。ですが、若いヴェイッコはそんなアンニの外見情報だけで「素朴で優しい女性!」とか勝手に思ってたりするんですよね。
これ関連で同じくらい分かりやすいのが、大尉が女物のスカートで爆笑されるシーンです…!アンニとヴェイッコは大尉の姿に爆笑しているんですけれど、この時の大尉は実は背後にナイフを隠していましたからね。言葉が通じないフィールドでは、相手の外見で人間性までもが決まってしまうんです。滑稽な姿のおっさんがナイフを手に殺意からくる笑いを浮かべていても言葉が通じないから外見上の情報だけが認識されてしまい、フツーの笑いと区別がつかないんですよ。
ですが、長く一緒にいるとだんだんと相手個人の感情が仕草や語調で分かってきます。細かいところは勿論分からないんですよ、なんできのこを集めているのかとかね。しかし「彼女はお前に気があるらしい」とか、何等かの危機が迫っているらしいとか、そういう動物の本能的なことについては分かってくるというのが面白いところです。
で、そんな曖昧な世界の中でも恩人である家主のアンニの発言が絶対です。これだけは変わりません。喧嘩して殺し合いになりかけても、彼女が絶対止めています。逆に言うと彼女がいないところではそれが止まらないんですよ。勿論彼女に対する恩義もあるでしょうが、このフィールドでは彼女がルールであるということを何となく2人とも察しているんですよね。
それもまた「外見」による判断から始まっていると思います。アンニは大自然で民族的な衣装を着て、伝統的な生活をしている女性です。かつ、彼女は2人(軍服だが戦意はない)と違って雰囲気と実際の生活態度に凄まじい誤差は出ません。しかもこのフィールドを1番熟知していて、ここではどういう暮らしがなされるべきかを決めている存在なんですね。彼女が殺し合いをしづらい雰囲気を作っているんです。だから2人と違って何かに恐怖したりすることはありません。
こうして人間の本能で薄ぼんやり直感的な友情を築いていた彼らなんですが、暴力を禁止しているアンニのフィールドに銃という自然界にはないものが介入したことによって大変なことに繋がっていきます。
注意点! 冗長なところがあるので飽きてしまうかも…
この映画はコメディみたいなあらすじなのに「人間らしさ」の描き方が非常に面白く、そこが高評価されているんですが…ちょっと注意点があります。
まず、言葉が通じない彼らの共同生活の面白さが売りのはずなのに、全員合流までに40分くらいかかります。これに関してはだいぶ驚きました。全然共同生活始めないんだけど?!って思いながらずっと見てました。ヴェイッコが脱出して合流するのにこんなに尺取る必要あったのかとは思いましたね。そこまで時間取るならむしろ、もっと3人の共同生活のストーリーとかを見たかったところです。因みに恋愛要素があると言いましたが、三角関係になるのに1時間くらいかかってます。
ただ、これらに関してはまだ画面的にも動きはあるのでまだいいと思うのですが…実は終盤でちょっとスピリチュアルな心象風景が出てくるシーンがあります。そのシーンはセリフもほぼなく、お花畑的なものとシャーマンの犬の鳴き真似の儀式で10分くらいあるんですよね……
大自然の情景とかそういうスピリチュアルなシーンが好きという方であれば全然苦にならないと思いますが、個人的には正直ちょっとしんどかったです。そんなに気が短い方ではないんですけれど、映画の10分の間ずっとそれっていうのがまあまあしんどくて……
ですが、それを差し引いても面白いところのある映画だと思っていますし、DVDなどで観るのであれば適度に飛ばせます。ストーリー上に取り返しのつかない歪さや矛盾が入るとかいうわけではないので、ここを気にするかは個人差ではあると思います。
感想
やはり何といっても言語の通じない3人の共同生活という看板どおりの面白さが良かったですね。ちょっとしたやり取りやすれ違いに笑える要素がたくさんありました。そもそも3人ともどこか微笑ましいような一面がありますから、それも作用していると思います。多分、セリフを文で説明するよりも実際観た方が空気感がずっと面白いと思います。
それと有名なシーンですが、イワンの名前について尋ねたところ「パショルティ」(くそくらえ)と返されたヴェイッコはそれが聞き取れず「ショルティ(クソクラ)」と名前を勘違いします。本人は悪気なくずーっとクソクラ、クソクラって言ってるんですよ。やっぱ言葉通じないからって暴言とか吐いたら駄目なんだなあ…
でもこの映画のいいところは完全にコメディになってしまうのではなく、戦争中という暗い時代背景であるからこそ一人一人の人間らしさが浮き彫りになっているというところでしょう。戦争中の敵兵同士という一触即発でもおかしくない状況なのに、大自然の中でありのままに生きるアンニを間に挟むことで徐々に相手の「人間」の部分を認識していきます。
ヴェイッコもイワンも「ただの兵士A」として安易に軍人の性格付けがされているとかじゃなくて、あくまで「人間(兵士)」なんですよね。兵士だからって全員が勇敢で愛国心に満ちていて清廉で…と一括りにはできません。兵士であるにも関わらず、「戦争はもうしたくない」という2人共通の思いを基盤に各々の人生や価値観が見え隠れするのです。
そしてその人間らしさを通して、もっと原始的な人間本来の性質みたいなものを感じ取ることもできます。先述の外見の話とか、好きで人を撃つ奴なんていないとかそういう話もそうですし、もしかすると自分がまだ発見していない人間の素朴さも見つかるかもしれない。
そういえばメイキングのインタビューでヴェイッコ役の俳優さんの話があるんですよ。彼の祖父は戦争経験者でして、実際敵国の村を占拠したことがあるそうです。その時、村の民家の中に入ったら茶を出されて歓迎され、銃を捨てたという話がありました。敵国っていう言葉自体がそもそも一種のラベリングなんですよね。
また鑑賞者は当然字幕を見られるわけですから、どこかどうズレているのか、どうしてこんな感じになってしまうのかを自然と追っていきます。それによって彼らそれぞれが感じているものも推察されていくんですね。答えが全部分かっているミステリーの答え合わせをしている感覚というか。逆に字幕が1か国語しか出ないバージョンとかもあれば、ちょっと見てみたいと思いました。
ただ、先述のとおり時間配分がかなり独特なので人によってはちょっとしんどいかもしれません。もうちょい全体的にバランス良かったら嬉しかったんですが…!ですがメッセージ性の強い映画ですので、序盤の合流の40分はまだしも後半のシャーマン儀式10分は監督は譲れなかったんだろうなあ…と思います。ちなみにアンニの女優さんはマジモンのサーミ人の方を起用しているそうです。そういうところでもこだわりがありますよね。
コラム① サーミ人とは
フィンランドの北部ラップランドのあたりに居住にしている先住民族のことです。日本でいうところのアイヌみたいなイメージに近い感じなんですかね。総人口は資料によって誤差があるのですが8-20万人。ただしそのほとんどはフィンランド外に住んでいるようですね。
意外と多いなと思ったんですが、実はサーミ言語法という法律により(細かい規定はあるけど)基本的にサーミ語話者がサーミ人と決まったため、何等かの事情で外国人でもサーミ人カウントされることもあるらしいんですよ。だから上記の人数の全員がアンニのような大自然の中で生活しているわけではなさそうです。過去にラップ税を払っていたサーミ人の子孫や、そういった出自の祖父母の第一言語がサーミ語だとサーミ人判定ぽいですね。
サーミ人の歴史は深く、フィンランドと文化的に袂を分かったのは紀元前2000年頃のようです。ところが16世紀以降は他国からの干渉を受けるようになり、結果として周辺諸国からの同化政策(異国の言語や宗教、教育の強制など)を受けるようになってしまいます。もちろん税も取られていました。サーミ語がちゃんと公用語の一つになったのは2004年頃らしいです。17世紀頃にスウェーデンやフィンランドあたりの所属国家となるも、両国の関係悪化や近隣のロシアと色々揉めたみたいですね。
あと映画では触れられていませんでしたが周辺諸国からの宗教政策で民族音楽ヨイクを禁止されていたため、その伝統が途絶えかけたこともあったそうです。文化の一部が消されそうだったんですね。しかし近年になって民族アイデンティティを確立しようとする詩人や歌手によりヨイクは復活してきており、ヨイクをベースにしたミュージシャンもたくさんいるらしいですよ。
大自然と暮らすタイプのサーミ人は漁業、採集、狩猟、工芸品、家畜(トナカイ)などで生計を立てていたようで、これは映画のアンニもそういう生活をしていましたね(アンニが生きた時代は1940年代)。なお、アンニのように海岸で暮らす人だけではなく山岳や森で暮すタイプのサーミ人もいるそうです。
伝統的な信仰は精霊信仰でシャーマンがいたようですが、16-18世紀にキリスト教に迫害されて激減してしまいました。映画ではアンニがシャーマンの儀式をしていましたが、実際に「魂は病気になると身体から離れてしまうのでそれを回収する」みたいな儀式があったようですね。映画に出てきたのがマジでそんな感じだった…!このこと知ってたらあのシーンをもっと楽しめたかもしれませんね。
ちなみにヒロインのアンニを演じたアンニ・C・ユーツはサーミ人です。
【参考資料】
↓フィンランド・ヘルシンキ現地ツアーのキートスショップさんのブログ(最終更新2025.4)。フィンランドのツアーを主にしている旅行会社さんで、フィンランドの観光、文化、ニュースなんかも取り扱っています。
↓wikiです。wiki記事のソース元参考文献が殆ど外国語な上に図書館で手に入らなかったので、正確なソース元が知りたい場合はここの参考文献から調べて下さい。

コラム② フィンランドロシア戦線とは
ヴェイッコはフィンランド軍、イワンはソビエト軍に所属しています。そしてイワンはドイツ軍を憎んでいることが映画の中で提示されますが、具体的にそれぞれの国がどういう関係性なのかを頭に入れると背景が分かりやすくなると思います。歴史詳しくなかったら「なんで今ドイツ軍の話を…?」ってなるもんな。少なくとも自分は全然分かっていませんでしたので、調べました。
まずククーシュカで描かれているのは、どうやら継続戦争末期のようですね。これは1941-1944年にかけてソビエトとフィンランドが戦った戦争です(ちなこれ以前にも戦っておりそれは冬戦争という)。
冬戦争ではフィンランドはなんとか独立国家を保てたものの、色んな土地をロシアに割譲しなくてはならなくなりました。そしてドイツがフィンランドの西隣であるデンマークやノルウェーを占領したり、ソビエトがフィンランドの南下にあるバルト三国を併合した結果、この前戦争したばっかりの東隣のソビエトがヤバいよな、みたいな話になります。
フィンランドはそのためドイツに軍事支援を頼み、ソビエトをどうにかしようとしました。その見返りとして、領土内をドイツ軍が通過するのをOKにします。ところがドイツとソビエトは不可侵条約を結んでいたので外交問題になってしまいました。元々は両国で仲良く東ヨーロッパを分けようみたいな感じの話だったからです。で、フィンランド領内からドイツ軍がソビエト軍を爆撃したことに対してソビエトが報復の爆撃を行ったことで継続戦争が始まったみたいですね。
だからイワンからしてみたら戦っているフィンランド軍もそうですけれど、ドイツ軍がまず条約を破棄した敵なわけです。ていうかそもそも、継続戦争どころか独ソ戦(1941-1945)で全面的にドイツとソビエトって戦争してるんですよ。しかもその戦争開始の3日後に継続戦争がスタートしています。勲章持ってる軍人だったイワンからしたらドイツの方がむしろ憎かったんじゃないかってくらいでしょう。
ちょっと戦争の流れについてはかなり長くなるのでこれを参考に。
↓wikiです。継続戦争の始まりから終わりまで戦闘を詳しく解説してくれています。

ただ、じゃあフィンランドとドイツが始終仲良かったのかというとそうでもないんだよな……この戦争の後にドイツはフィンランドと戦闘になってますし、ラップランド焦土にしたとか書いてましたよ。フィンランドは別にドイツ(当時はナチス)の方針に完全に恭順してたわけでもないぽかったですし。詳しいことを知りたい方は歴史書を読んでください。
コラム③ ククーシュカとは何なのか
ククーシュカはDVDで観たのでメイキングの裏話がついてたんですよ。ちょっと興味深いことや自分が疑問に思っていたことの回答があったんで、そのことをちょろっとご紹介しておきます。
まず映画のタイトルのククーシュカというのは、ソビエト兵がフィンランドの狙撃兵につけた呼び名でカッコウという意味だそうです。これ理由よく分かんなくて調べたんだけど、1940年頃のソ連とフィンランドの戦争(ちょうど継続戦争頃)で木に登って身を隠したフィンランドの狙撃手のことをそうやって呼んだそうです。
木の上から狙撃すると銃声が周囲に反射して敵は位置特定ができず動揺するため、それが「森の中で声は響いて聞こえるけど姿が見えないカッコウ」に例えられたという話のようですね。カッコウ狙撃兵はソビエト軍の戦争体験者の回顧録なんかではよく見かける名詞だそうですが、実際はそんなにたくさんはいなかったぽいです。ただ、木の上から発砲するというのはフィンランドのカッコウに限らず各国で見られる戦術だったみたいですね(日本軍でもしてた例があるらしい)。
↓ロシア語のwiki
因みにフィンランドの有名な狙撃兵シモ・ヘイヘは冬戦争の時に活躍した狙撃手でして(カッコウだったという話はない)、その戦果は狙撃だけで542人。本人は冬戦争の負傷で引退しましたが、継続戦争にも出たがっていたらしいです。
さて話が逸れてしまいましたが、ククーシュカには「ひなを育てたカッコー」という副題がついています。これは監督によると「カッコウは自分で子育てしないが、アンニは世から見捨てられた2羽の雛を育てた(2人の軍人のこと)」ということを示しているそうです。ククーシュカは狙撃兵の俗称でもあると触れられていたので、ダブルミーニング的なもののようです。
ところで自分がわりと気になっていたことが1つありまして、映画ではアンニはかなりの男好きのように描かれているんですね。かなり露骨なセリフとか言ったりするんだけど、あれはどうしてなんだろう…?監督のサーミ人のイメージだとしたら失礼すぎじゃね?!と思っていたのですが、違うそうです。監督が言うには、「サーミ人の女性が男好きとかいう話では決してなくて、戦争で夫も家族も失った女性には何が必要になるか」を考えた結果のようです。そう考えるとアンニの見方がちょっと変わってくると思います。
Amazonプライムで見る
↓※ククーシュカはアマゾンプライムでは取り扱いがありませんでした。


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