映画情報
邦題:林檎とポラロイド
原題:Mila
公開年及び国:ギリシャ・ポーランド・スロベニア(2022年)
上映時間:90分
監督:クリストス・ニク
<キャスト>
主人公:アリス・セルベタリス
女性:アナ・カレジドゥ
博士:ソフィア・ゲオルゴバシリ
博士:アルジョキリス・バキルティス
<概要>
何の前触れもなく、突如として記憶を失う病気が社会問題となっている世界。病院では記憶も、戻るべき家も見失ってしまった身元不明人にとあるプログラムをおすすめしている。それは、なくしてしまった人生を新たに上書きする「人生学習プログラム」であった。
こんな人にはおすすめ!&おすすめしない!
<こんな人におすすめ>
・考察の余地のある映画が好き
・人生哲学が好き
・物寂しさやひっそりした感傷が好き
・面白い設定が好き
<こんな人にはおすすめしない>
・波乱の展開が好き
・ハッピーエンドが好き
・ラブストーリーが好き
・アクションや戦いが観たい
評価
【個人的な評価】
ストーリー
★★★★★★★☆☆☆
画面映え
★★★★★★☆☆☆☆
ユニーク
★★★★★★★☆☆☆
人生について考えさせられます。特に、「普通」を貴ぶ日本人の国民性に響きますね。90分とは思えない深い意味を問いかける物語です。
【ネットなどでのおおよその評判】
・自分の人生について見直した
・不思議な世界観に引き込まれる
・考察が盛り上がる
・派手な見せ場がないので飽きる
・説明が少ないので考えながら見なければならない
・よく分からなかった
気軽にワーッと楽しめるエンタメ性を与えてくれるというよりは、自分から考えて入り込むタイプの映画ですので、つまらない人にはつまらないかも。しかし男は結局「どっち」なのかで考察も分かれて興味深いです。
あらすじ
この世界では、いきなり記憶を失ってしまう病が蔓延しています。患者たちは病院に運ばれますが、家族が捜索していないと身元不明人となり、一生入院暮らしです。
そこで病院は、人々の社会復帰のために「人生学習プログラム」を行っています。失ってしまった思い出を行い、記録し、もう一度自分の人生を立て直すのです。
主人公である男性はそんなプログラムに参加することになった身元不明人。ですが、彼は本当に記憶を失ってしまったのでしょうか。あるいはそれとも、失ったふりをしていたのでしょうか。
見どころ① 「人生をやり直す」ことで、本当に人生は取り戻せるのか
主人公は何かの悲しみを背負った男です。昼なのに明かりのない部屋、冷たいベッド、廃れた食卓。生きる希望を失い、壁に頭突きをしながら、生の気配のない部屋に一人佇んでいます。
彼はどこかに行く途中のバスの中で記憶を失い、病院に搬送されました。家族は誰も迎えに来ず、身元不明人となってしまいます。なお、この病気は完治せず、記憶の戻った人はいません。
当然、一人で生きていけませんので病院はそういう患者に新しい記憶や経験を与える「人生学習プログラム」を勧めています。失った人生の代わりに新しい人生をスタートさせようという前向きな取り組みですが、後になるとかなりヤバいことが分かります。
具体的にどういうプログラムかというと、一人暮らししながら毎日カセットで博士からの指示を聞き、思い出を作って写真を撮ります。公園でチャリに乗ったりとか、幼少の頃の思い出からスタートですね。でも、いくら思い出を再構築したとしても、思い出ってそもそも「何かをすること」じゃなくて、「何を思って何を感じたか」ですよね。ただの事務作業なんです。その事務作業の記録を撮ってノートに貼り付けて、「人生のやり直し」と呼んでいるんです。
この人生のやり直しは、友人や彼女作りまで指示してくるわけですが、これを楽しんで行うには「新しい人生をやり直したい!」という強い気持ちがないと無理です。男もかなり辛そうです。そももそ彼にはホントは捨てたくない人生がありそうなんですよね。だって、本当に何もかもなくなってゼロの状態なら、何か手に入れようとするじゃないですか。それが、全くないんです。
しかもこのプログラムは、カセットテープで万人に配布されたものです。だから「人生のやり直しをしよう!」を本人が頑張っているのに、実は自分の2回目の人生にオリジナリティなどなく、何千何万人と全く同じ人生を辿り、全く同じ思い出をノートに貼り付け、「俺は人生の思い出をコンプリートした!新しい自分になったんだ!」と言ってるだけなんです。
そこには思い入れも、大事な自分だけの価値も、何もありません。自分が選んだ人生ではなく、人が決めた人生をただただこなしているだけなんです。
見どころ② こんなプログラム、投げ出す奴がいて当たり前だが…
男はとある女性と出会います。なんと彼女もプログラムの参加者でした。初めて少し気を許せる、本当に自分の人生をやり直しさせてくれるかもしれない女性でした。
因みに彼女はプログラムが男より進んでいまして、彼と違ってパーティーとかの指示を楽しんでいるんですよね。新しい人生を生きようとしているこの女性は、死んだようにただタスクをこなす彼の目に、生き生きと魅力的に映りました。自分も彼女のように前向きに生きられるかと思ったのか、彼女の真似をすることもありました。
ところが、そもそもこのプログラムは何をしているかというと「自分の人生をやり直そう!博士とか偉い人が選んだ一般的で幸せと思われる人生のタスクをこなして幸せになろう!」なんですよね。
人生のタスクって何でしょうか。初めてチャリに乗れたこと、パーティーで友人を作ること、学校に行くこと、バーで女の子を口説くこと、結婚すること、子供がいること、親の葬式に出ること。歳をとればとるほどタスクの難易度は上がり、かつ自分の人生のために誰かの人生に干渉しないといけなくなります。
このプログラムは特に、感情を獲得させる目的のタスクが酷いんですよね。自分の悲しい、楽しい、怒りの思い出を作るために、縁もない他人に踏み入るんです。自分の人生を彩るためなら、他人に無礼をはたらいて、誰かの人生を利用してもいいというスタンスなんです。
当然ですが良心との戦いになります。でも、この世界で見ると酷い話だと思いますが、果たしてそんな遠い世界の話なんでしょうか?
現実世界を生きるわたしたち自身も、「皆のようにチャリに乗れるようになって、10代で親友と彼女を作って、20代でいい大学を出て、皆みたいに30くらいまでに結婚して、子供を作って…」というプログラムを自分に課していませんか。その「皆みたい」の皆の正体こそ、カセットから流れる「一般的に幸せと思われているもの」です。
見どころ③ 男には結局、記憶はなかったのかあったのか
この男は記憶があるんじゃないか?というシーンもありますが、記憶を失いたいあまり本当に失くしたんだと思わせるシーンもあり、どこからどこまで記憶があって、どこからどこまで記憶がないか不明なんですよね。個人的には記憶をなくそうと思ってプログラムに参加したけれどうまくなくせなかったのではないかと思っています。
ただ、途中で確実に何かの記憶を捨てようとしている描写があります。そもそも捨てたいけれど捨てることができないものを抱えて苦しんでいたのに、さらにそこからまた何か捨てようとしているんです。
一体、彼は何を捨てようとしていたんでしょうね。
でも、記憶を失ってしまったとしても絶対に失うことのないものがあるということを彼は知ります。そして、忘れたいはずの記憶、捨てようとした思い出と向き合っていくのです。
林檎を食べる癖が男にはありますが、これは結構大事なポイントでして、この林檎にはある効能があります。そしてもちろん、象徴的な意味もあります。それに気付くのはだいぶ後半になってからですが、彼が意識して林檎を食べていたのか、はたまた無意識に食べていたのか、それを考察するのも楽しいかもしれませんね。
感想
ミステリーかと思って観たのですが、ミステリー要素は実はあんまりないです。カンのいい人なら、彼の身に何が起こったのか、そして何を思ってプログラムに参加したのか、だいぶ序盤で気付けると思います。真実を突き止める系のワクワク感は低いといえます。
どちらかというと、「人生とは何なのか」に強い焦点が当たっているんですよね。この倫理観おかしいプログラムは、被験者は勿論のこと周りの全く関係のない人の人生にまで足を踏み入れ、感情を食い物にしようとする酷いプログラムなわけですが、そもそもこのプログラムって自分らの頭の中に入っているよね…と思わせるところに深みを感じます。特に、「普通」であることを求められる日本人に響きそうだな、と思いました。
この「タスクをこなせば幸せになる」というプログラムに縋って生きていた彼は、少しも幸せそうじゃないどころか感情すらありません。彼が失っていたものって、記憶じゃなくて感情だったのかもしれませんね。
感情が無ければ記憶も思い出も灰色である、と言う意味では彼は記憶を失っていたのでしょう。でも、本物の感情を目撃した時、大事なものを手に入れることができたのです。それが忘れてしまっていただけのものなのか、はたまた初めて気付いたものなのかは見方によりますが、彼と、あるおじいさんとの会話など、いかようにも意味の取れるシーンも多く、たくさんのことを考えさせられます。
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